こんにちは、うつブロガーのjunです!
僕は去年の11月いっぱいで退職した会社があります。
約一ヵ月しか働いていないのですが、ひどいパワハラに遭い退職しました。
今回はパワハラ企業を退職した当時のお話です。
重い話は好きではないのでできるだけポップに書いていきます。
これが中小企業のパワハラの実態だ!!
実際に受けたパワハラ
ある一人の上司からのみパワハラを受けていました。
僕の教育係のただの平社員ね。
① 僕のやることなすこと全てが気に入らずキレる。
要するに僕の全てが嫌いだったんだと思います。あれですね、こうなってくると生きているだけでキレられます。意味が分かりません。
やることなすこと全てが気に入らなかったようです。牛乳を飲むとイライラが緩和されるみたいなので牛乳をオススメしておけばよかったと強く反省しています。
② 僕の言動の粗探しを常に行い、少しでも気に入らない発言があるとキレる。
上下関係をはっきりさせたい気持ちがひしひしと伝わってきました。そいつに何か話すときは常に粗探しをされます。少しでも気にくわない言葉遣いや言い回しがあるとブチ切れ。上司に対する礼儀を叩き込まれます。インテリのチンピラを目指していたのかな?
しかしだ、残念ながら僕はコールセンターで3年間クレーム対応をしていた過去があるので自慢じゃないが話し言葉は大の得意だ。負ける気がしない。しかもこういったキレ方をする人間の対処なんて何百件こなしてきたか分からないし、正直これ系のヤツの対応はちょろい。
難易度:㊥ だ。
僕はプロのテレアポ顔負けの話し方でそいつに接していた。
するとどうだ、そいつは僕の話し方に突っ込みどころが無い。一ミリも無い。
どうなったか?丁寧な話し方がキモイと言い始めた。
キレたくてしょうがないからもうなんでもありだなw
そこから人格否定のオンパレード。
毎日お昼過ぎからパレードの時間が始まる。これがディ〇ニーランドだったら楽しかっただろうに。
③ シカト
機嫌が悪いと無視。あの~、新人なんですけどぉ~…。
④ 暴力
よく耐えた、自分。
⑤ 暴力からの脅迫
明日同じつらで来たらぶっ〇〇すからな!
俺には暴力を振るう権限がある。会社も容認してっからな!
なめてんじゃねぇぞオラァ!
僕はこの時点で「あ、辞めよー」と思いました。
今時学生でもチンピラでもあるまいし「なめてんじゃねぇ」なんて何の意味も生産性もない言葉でまくしたてる人間がまだ絶滅していなかったことに驚きました。
工場内なのでボイスレコーダーを持ち込めなかったのが残念。
カメラもない工場なので証拠もない。
見ていたさらに上の上司も知らんぷり。
お前らも同罪だぞマジで。
やったもん勝ち状態。
その後僕がとった行動
その日の帰り、社長の次に偉い課長(部長がいない時点でクソ組織)に事の経緯を説明し、その場で出社拒否を宣言。だって明日来たらぶっ〇〇されるらしいですからね。さすがにまだ生きたい。
課長は「うちは厳しいからな~。そんなに気を落とすな!」との事。
こいつもダメだ。。全く使い物にならない。
翌日
僕はハイスペックPCで「パワハラ実態報告書」を作成し、社長宛に特定記録郵便で送りつけた。その後のやり取りは、全て記録が残る郵便かメール以外は断固拒否。電話だと言った言わないになるので。
そして、退職の手続きを郵送でやりとりしていた。
パワハラ会社は一切の謝罪も無くそのやり取りを淡々と進めていたので僕はあることをメールで聞いてみた。
「パワハラの実態をきちんと認めているのでしょうか?」
会社からの返答
今回の件についてですが、当社の見解としては当事者間の行き違いによる問題と考えております。
いや、会話になっていない。僕はもう1度メールを送った。
僕「その回答では質問に対する答えになっていません。私が聞きたいのはパワハラの実態を認めるのか認めないのかの2択です。もう1度言います。認めるのか認めないのかの2択です。いかがでしょうか。」
[返答]
今回の件についてですが、当社の見解としては当事者間の行き違いによる問題と考えております。
ダメだこりゃ!!(ドリフ風)
まとめ
労基に相談なんかも視野に入れましたが、必要な情報が足りなさすぎるのと、うつ状態でもう面倒くさくなってしまったので止めました。
僕は謝罪だけあればそれでいいやと思っていたのですが、謝罪すら無く終わってしまいました。
いかがでしたか?
これが中小企業の実態です。
気持ちの整理がやっと着いたので記事にすることができました。
このような会社、他にもたくさんあるような気がします。やったもん勝ち。本当に憤りを隠せません。
世の中で発表されているブラック企業大賞は有名企業のみの掲載になっています。
ただ、本当にひどいのは[中小企業]または[零細企業]なのかもしれません。
僕はこの経験を絶対に忘れることなく、この怒りを自分の中で[優しさ]に変え、周りの人達をもっと大切にしていこうと決めました。
北海道の某食品工場での出来事でした。